アイヌタチツボスミレ


   デジモナさん、きれいな花があるお庭なのですね。ほとんど野生化して勝手に咲い

ているウチの庭とは、ずいぶん違うみたい。

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   サロマ湖畔の常呂遺跡の森で毎年見る花ですが、今年は一段と多かったような

気がします。小さくて控えめな花です。一輪だけなら見過ごしてしまうでしょう。

   スミレは変異が多く、種を見分けるのが難しいです。最後の一枚だけは、ワッカ

原生花園で強い陽を浴びていました。他の四枚は森の中。光の強さが違うためか、

別なスミレみたい。それでも同じだと思いますが、たまたま行き会った公園の職員

は、断定を回避しました。スミレは間違いやすいので、と。


                              小説 縄文の残光 60

 

                   風雲迫る(続き)

 

   答えたのはオハツペ。北上川西岸には、豊な稲産地帯が広がり、たくさんの集

落が散在する。その中核、オロヘシ部族の族長がオハツペだった。他の長老たち

も頷いている。

   オロヘシは胆沢川扇状地に在る。田に注ぐ水を管理しやすい場所だ。オハ

ツペ一家は働き手が多い。稲作に有利な田をもち、稲を育てる人手が足りている

ので、獣を狩ったり鷹を獲りに行ったりする余裕がある。共同の牧(まき)で、二十

頭以上の馬も飼っている。毛皮・馬・鷹は、ヤマトとの交易で利を産む。だがその

利は、酒・布・鉄製品などとして、気前よく集落のみんなに供された。

   気前よさは、自発的というより、周りからの強制である。私的に蓄財したり、密か

に一家で享受したりすれば、悪い獣の霊に取り付かれたと言われ、爪弾きにされ

る。

   部族社会では、条件が恵まれた者に気前よさが強制され、格差が是正される。

強制を逃れる方法はある。財を個別にばら撒いて武力を集め、周囲を圧倒するこ

とである。成功した豊な族長は、やがて地域社会を広域的に支配する首長になる。

部族社会から首長社会への移行である。

   だがオハツペは、部族のまとまりを居心地よく感じていた。気前よさを強制され

ているとは思わず、自然に実行していたので、人望がある。

   アテルイが話しはじめた。

    「オレたちは、野山の精霊と語り合って生きています。精霊が悪さをして、山に

獣がいなくなったり、田に稲が稔らなかったりすることもあります。そんなとき精霊

に、人が困っているぞと訴えます。人が死に絶えたら捧げ物が得られなくなるぞと、

脅したりもします。するとまたいつか平穏な日々が戻ります。遥かな昔から、オレ

たちはそうやって精霊と交歓しながら、命を受け渡してきました。

   だけどヤマトは、天皇が神だと言います。庸調を搾り取り、人々をこき使って、壮

大な宮殿や寺院を建てます。天皇に恭順せず、その命に逆らうのは罪だと言いま

す。だからエミシを征伐するのだ、と。

   ヤマトでは、宮殿、貴族の邸宅、寺院を建てるため、そして石を溶かして金、銅、

鉄を取るため、大量の木材を使います。畿内では、伐り尽くし、森が消えた所が少

なくないのだそうです。貴族や僧を養う田を広げようと、野を開いている、とも聞い

ています。

   オレたちも田を耕し、鍛冶場を作るけれど、木の実を恵み、獣や魚を育む森を

だいじにしています。森を枯らすようなことはしません。野をすべて田に変えようと

もしません。精霊の棲家がなくならないように、つつましく生きています。

   精霊は雨・風・日照りを鎮めます。生きとし生ける者と交わる、命の源です。ヤマ

トの神や仏は、北の大地に棲む精霊を根絶やしにしようと、ヤマト人を戦いに駆り

立てています。それに屈して、この地を蹂躙するに任せ、精霊の棲み処をなくすわ

けにはいきません。精霊と交歓できなくなれば、オレたち、そして遠い先の子孫も、

安らかなくらしを失います。

   だからオレは、精霊とともに生きるため、精霊とともに戦おうと思います」

    「精霊とともに」という言葉は、そこにいる皆の胸に、深く落ちた。族長たちの口

からそれぞれの部族に伝わり、胆沢全域のエミシの、戦いの決意を強固にした。

自分たちは祖先から、森と共に生きるくらしを受け継いできたのだと、あらためて

意識したのである。(この章続く)