霧にかすむ白樺


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   屈斜路湖畔の、標高500mか600mの山道です。湖畔まで下っても、標高700

mのところまで上っても、霧から抜け出します。下から見上げれば曇り空、上から見

下ろせば雲海。そしてここでは白樺(岳樺かも)の緑をかすませる霧。


                            小説 縄文の残光 97
 
               燃える森 (続き)
 
   奥羽山中の基地は戦士たちの前進基地である。女・子供・年寄りの非戦闘員

は、田茂山の東、海道との境となる北上高地の森に避難している。命を拾うこと

ができた戦士は、全員ここに来るはず。けれど、二日待っても三日待っても、アテ

ルイ一行以外、合流して来る者はわずかである。結局、千人余の戦士のうち、戻

ったのは五百人ほどだった。

   戦闘員の半数と基地の食糧を失った。森に潜んでいるのは、ほとんどが非戦

闘員の四千人ほどである。稔の秋が来ても、収穫する稲はない。この人数が狩

猟と採集で冬を越すには、広大な面積が必要である。だが北の志波も閇伊も恭

順し、胆沢以南と海道の穀倉地帯は、ヤマトに押えられている。今後どうしたらい

いのか、族長たちに女衆の束ねが加わり、集会がもたれた。

   アテルイの受けた衝撃は深かった。稲作が広がっているとはいえ、人々は森を

心の支えとして生きてきた。いや、森が心を支えたというより、森は生きとし生け

るものの総体であり、人の意識はその一部だった。その森を焼く戦争は、自分に

は想像もできない、命の連鎖を断ち切る蛮行である。それをためらいもなく実行す

るヤマト人の心に、アテルイは底知れぬ恐怖と絶望を感じていた。

    「オレは奴らを許せない。オレ一人でも、奴らの本営に斬り込む」

    「アテルイ一人を死なせない。オレも一緒に行く」

   オマロの言葉に、多くの戦士が、オレもオレもと、続いた。

    「日頃冷静なアテルイらしくもない。戦を始めた者には、戦を終わらせる責任が

ある。お前は斬り死にして気が済むかもしれないが、お前以外のだれが、一族の

命を継ぐ女・子どもが死に絶える前に、戦を終わらせられるというのだ」

   今や老いて戦いには出ていない族長・オハツペの、静かだが凛とした声が、ア

テルイの高ぶった気持ちを冷ました。そこへモレが、

    「もとはと言えば、閇伊のオシガや志波のアドシキの裏切が始まりだ。奴らの

せいで、オレたちが孤立することになったんだ。まだ五百の戦士が残っている。

志波を攻め、アドシキを血祭りに挙げ、力づくでも志波の衆をこちらに引き込も

う。志波にも、ヤマトに従いたくない若者がたくさんいる。

   連合し、閇伊も従わせよう。勢力を蓄え、津軽や都母もまとめれば、ヤマトと対

等に戦える。アテルイ、お前の名は広く知れ渡っている。お前がその気になれば、

エミシを統合することもできるぞ」

    「モレよ、オレにヤマトと同じことをさせたいのか。他の部族が開いた土地を占

領し、力ずくで働かせ、戦わせ、貢がせる。そんなことになれば、部族内でも、支

配する地位と支配される地位の区別ができる。地位や財をめぐる争いが始まる。

やがて家族の中にさえ、争いと疑心暗鬼が及ぶようになる。お前は子どもに、同

族同士が相手を出し抜こう、利用しようと、いがみ合うくらしをさせたいのか。だい

たい・・・・」

    「もういい、わかったよ。オレは悔しくてたまらなくて、どんなことをしてでもヤマ

トに勝ちたいと思った。でもお前の言う通りだ。睦みあう部族のくらしを失ったら、

勝っても意味がないよな」   (この章続く)