赤い花に黒い蝶


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    20日ほど前の写真です。津別ノンノの森でクリンソウが花の季節を迎えていま

した。森のなかにせせらぎがあり、その周囲をクリンソウ理群落が埋め尽くしてい

ます。クリンソウの花を目当てに集まるのは、人だけではありません。この時季そ

のつもりで遊歩道をたどれば、たいていミヤマカラスアゲハに出会えます。黒蝶の

羽には、光を受けると妖しく輝く蛍光色の模様があります。それに惹かれて、毎年

一度は撮らないと気が済みません。釧路湿原で出会えなければ、この森に来ます。



                             小説 縄文の残光 103
 
                         アテルイの夢(続き)
 
      大義って、言葉なんだよなー。大義の言葉は、とくに文字になると、時を越え、

   場所を越え、見知らぬ大勢の人を結びつける。オレたちがヤマトに降伏するこ

   とになったのも、向こうにそれがあったからだ。バラバラなら、どんな数が多い

   相手でも怖くはない。まとまってこそ数が力になる。だけど、言葉が独り歩きす

   ると、嘘が生まれる。

      エミシの部族は文字を使わないし、数が少なくてお互いをよく知っている。だ

   から言葉を、話す相手の性分、日頃のふるまい、表情、話し方なんかと、いっし

   ょにして受け取る。嘘をつこうとしても、たいてい見破られる。隠しても無駄だか

   ら、開けっぴろげだ。

      ヤマトでは、よく知らない相手とも、いっしょに何かやらなければならない。力

   役や軍役なんかでは、会ったこともない相手と、力を合わせることになる。だか

   ら言葉が頼りだ。

      言葉は人から離れ、独り歩きすることがある。文字になった言葉からは、文

   字にならなかった気持ちは、全部抜け落ちてしまう。本心とは別なことも言えて

   しまう。それを知っているから、お互い疑心暗鬼になって、相手に利用されない

   ように身構える。

      大義は、通用すれば、それに基づく仕組みができ、力を持つ。信じなかった

   り、対立する大義を奉じたりする者が増えると、その大義は力を失い、人のま

   とまりが崩れる。そうなれば、せっかく勝ち取った地位も財も無に帰する。地位

   も財も、背景になる秩序が崩れれば、力を失うからな。

      自分たちの大義が通じない相手は、居るだけで危険だ。そういう相手が、自

   分たちの存在を主張して行動するのは、反逆なのだ。危険な相手、反逆者は、

   根絶やしにしなければならない。大義はいつも戦争を孕んでいる。

      仕組みが整い、秩序が根を張ると、大義の言葉など知らない者の心も、何

   かに縛られる。オマロ、お前はいつか、オオカミに追われ、小さい妹の体を食

   わせ、その間に逃げた話をしたよな。オレだって、自分が死ぬと分かって、体

   を狼に食わせれば仲間が助かると思えば、そうするかもしれん。

      だけど自分が、家族や仲間を獣に差し出して助かろうとは思わない。オレが

   トクシだったら、みんなでオオカミと戦おうとしたよ。それで家族全員が食い殺さ

   れ、妹も結局死ぬとしても、だ。

      生まれたばかりで死ぬ赤子もいる。衰えて、食い物を飲み込む力もなくなっ

   て死ぬ年寄りもいる。森の木だって、芽のうちに枯れるものも、百年も千年も生

   きるものもある。生き物はみんな、生きられるだけ生き、力尽きて死ぬんだ。大

   切な人に先立たれるのは、この上なく悲しい。でもそれは、生きているから。死

   んだ本人は、木や草や獣や虫と同じに、土や煙になって、自然に還るだけだ。

   悲しむことも、嘆くこともしない。  (この章続く)