分水嶺の稜線

 
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 摩周岳裏の清里峠から国道244の根北峠までの稜線は、標高400メートル台から1000メートル強までの山地

が連なって、西の屈斜路湖方向と東の根室海峡方向へ水脈を分ける分水嶺になっています。写真はそのいちば

ん高い部分。左が標津岳、右がサマッケヌプリ山で、屈斜路湖と開陽台の中間にあります。


ピダハン―類を見ないほど幸せな人々⑨
 

 エヴェレットはピダハン社会における強制の欠如についてこう書いています。
 
 
 興味深いことに、集団意識がいたって強いのにもかかわらず、村人に対して集団としての強制力が働くこ

とはまずない。ピダハンが別なピダハンに何かを命じるのは、親子の間であっても稀だ。時として指図がま

しいことをする者はいるが、周りで見ているものたちは、言葉やしぐさや表情で、感心していないことを態度

で表す。おとなが集団の規範を破ろうとしているのを、別なおとなが止めようとするところは見た記憶がな

い。(143144)
 

 とはいえ、誰かの異常な行動が集団に害を及ぼすことを防ぐ仕組みはあります。「村八分と精霊」がその中

心です。精霊は誰かに憑いて、「イエスを称えるな。あれはピダハンではない」、「明日は下流で狩をしてはいけ

ない」、「ヘビを食べてはならない」などと告げます。村八分は、誰かを集団から追放し、「物々交換のようなごく

当たり前の社会的付き合い」を拒むことです。(159160) 上に掲げた143頁から引用した節の冒頭と矛盾す

るようですが、彼が使った「集団としての強制力」という言葉は、警察・裁判所・首長のような「いわゆる「公的

な」強制力」(159)を意味しているようです。

 訳者が「村八分」に置き換えたもとの単語は何でしょうか(ostracism=追放、かな?)村八分はわたしにとって

暗く陰湿な印象がともなう言葉でした。それは、終戦から数年後の「民主化運動」が活発化していたころ、新

聞・ラジオが伝えた事件が始まりです。どこかの村で一人の村人が集落ぐるみの選挙違反(買収)を警察に告

発し、村八分に遭っていると、子どもだったわたしが知るほど大きな騒ぎになりました。村八分は、火事と葬式

の二つを除くすべての付き合い(八分)を断つ、農村の伝統的制裁です。わたしのいた山村でも、同級生の一

人の家が「共産党」だとして、つまはじきにされていました。農地解放は耕地に限定されていたので、山林地主

などの有力者は隠然たる勢力を保っていました。その重苦しい雰囲気と報道で知ったこの事件が重なって、

わたしのいやな気分になったのだと思います。

 国会議員選挙は中央―地方―地域の有力者をつなぐ、いわば親分子分関係を通じて、末端住民の票を奪

い合うもの。中央からの資金で、途中の仲介者が分け前を取った残りが、カネや物として地域ボスによって最

終的に住民の家々に配られます。戦前から続く暗黙のシステムでした。告発者の行動はこのシステムに刃向

うもので、地域有力者の顔を潰すことになります。村八分はそれに対する制裁でした。内心では告発者に共

感したり同情したりする人も、仕返しが怖くて本心は口にはできません。この村八分は個人の意思を権力的に

支配する構造の産物です。ピダハンにはそういう権力者がいません。誰かが自分の権力を誇示したり権力に

おもねたりしようとすれば、その人がみんなに弾かれそうです。村八分と訳されてはいても、ピダハンの制裁

は、誰かを権力的に支配するためでなく、集落の人々に実害が及ぶのを避けるために、暗黙のうちに成立す

る全体合意で行われます。

 いまの日本には昔の地主のような地域を支配する有力者は存在せず、村八分という泥臭い制裁はなくなり

ました。しかし、会社・官僚組織の内部や取引関係などには、カネ、地位、権益、便宜の分配権を軸とする序

列構造があります。正面からそれに逆らえば、やはり制裁を受けます。ただ、複数の系列が並存し錯綜してい

るので、個人はうまくいけばそのひとつで、あるいはそれらの間を移動して、上昇する可能性があります。とは

いえ、うまくいかない人のほうがずっと多いので、社会全体としての息苦しさはかなりのものです。だからピダ

ハンのようにいつも笑っていることはできません。性的な抑圧と上昇機会の差別は一般に女性に対するほう

が厳しくなっています。だから堕ちる(=性的抑圧と序列秩序の外へ出る)ことに自由を求めたという、渡辺泰

子のストーリーに感応する女性が少なくなかったのでしょう。最近自殺者が出て、学校のいじめがまたマスコ

ミの脚光を浴びています。社会の息苦しさが昔より深く子どもの心に浸透して、いじめたりいじめられたりがま

すます深刻になっているようです。(明日の最終回に続く)