荒野のイソツツジ
緑が生えそろい、前年の枯れ茎が隠れると、間近で見る釧路湿原の表面は草原
です。6日はまだ緑に灰色が混じり、荒野の雰囲気が残っていました。そのなかで
目を惹く白は、イソツツジ。まだ咲き初めです。多くは蕾。
とはいえ、咲きそろっても、川湯硫黄山麓のように一面を白く染め上げるわけで
はありません。株が矮小で、密集した大集落を形成しないのです。温根内遊歩道
のイソツツジの真骨頂は、あくまで荒野の花の風情です。
小説 縄文の残光 70
前 軍の選抜隊が、田茂山に近い地点で渡渉の機会を窺っていた。対岸の様子
は見えている。中・後軍が、壊走するエミシを追って北上している。併走するよう
に西岸を北上した。巣伏で味方が挟撃された。だがそのあたりは川が狭く深い。
一里ほど北で、流れが広がり中洲もできている。後に胆沢城が築かれるあたりで
ある。そこから渡渉を始めた。
前軍が川に入るのを待っていたかのように、中洲に二百人ほどのエミシが姿を
現した。エアチウが残した志波軍に、胆沢隊の一部が加わっている。渡渉中のヤ
マト兵は、流れに妨げられて前進がおぼつかず、苔の着いた石に足を滑らせる。
中州から矢が降り注ぐ。そこへ川上から数十艘の小船。それぞれに二、三人のエ
ミシが立ち、弓を構えている。鼓は鳴り続けているが、引き返す兵が現れ、その数
がしだいに増える。やがて全体が西岸に戻った。
東岸の乱戦は続いている。前軍の救援を信じて戦い続けるが、友軍は来ない。
エミシに前後を挟まれ、山側から押され、しだいに川岸に追い詰められる。矢が
突き刺さった屍が流れてくる。前軍は渡渉中に襲われた。援軍の望みはない。留
まれば死あるのみ。
次々川に飛び込み、泳ぎ渡ろうとする。だが、鉄の鎧も、水を吸った襖冑(おうち
ゅう=木綿製鎧)も重い。水中に引き込まれて溺れる。武器を捨て、甲冑を脱ぎ、
裸で泳いだ兵だけが対岸にたどり着いた。そのまま前軍の営を目指して壊走す
る。
敵を川の深みに追い落とした後、東岸のエミシは、前軍が渡渉しようとした地点
に回り込んで、西岸に渡った。中州と船の仲間も加わり、追撃が始まる。前軍の
営には無傷の数千人が残っていた。だが、雪崩れ込む敗走兵の収容に精いっぱ
い。反撃の体勢は組めない。
出雲諸上・道嶋御楯らの士官が、敗残兵を守備隊に囲ませ、両側と後方に楯
隊を配し、本営を目指して、粛々と後退した。殿軍(撤退する部隊の最後尾の軍)
の構えが堅牢なのを見て、アテルイは追撃を中止させた。
もともとの計画では、エアチウ率いる七百の志波隊が、前軍渡渉隊を壊滅させ
る。敗走する敵兵を直ちに追って、前軍の営に至る。敗残兵の収容で起きる混乱
に乗じ、火を放って営を撹乱する。追いついてくる胆沢隊と合流し、前軍全体を壊
走させる。さらに、追われた兵が雪崩れ込む中軍、本営も撃破する、というものだ
った。
だが、エアチウ隊の五百が東に向かった。残った二百で突出するのは無謀であ
る。胆沢隊の合流を待った。その間に敵前軍は、急いで撤退の構えを組み上げる
ことができた。 (この章続く)