オシンコシンの滝


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   知床半島の遠音別岳(おんねべつだけ)から流れ下るチャラッセナイ川が、海に注

ぐ手前で、岩盤を滑る滝になっています。その名になっている「オシンコシン」は、オ・

シュンク・ウシ=川下にエゾ松が群生するところ、というアイヌ語からきていると、ウイ

キにありました。ちなみにチャラッセナイは、チャラチャラ流れ下る川、だそうです。

  何度も撮ってアップしていますが、五月半ばは初めて。雪解け水で水量が豊か。そ

して、木々の若緑が瀑布の白を引き立てていました。


                             小説 縄文の残光 57

 

                                           オマロ(続き) 

 

   次の年の初夏、萌えはじめた浅緑に囲まれた日溜りで、オマロはパイカラを抱

いた。木々の若葉は、まだ陽光を独占するほど猛々しくはない。花で飾られた草

叢が、横たわった二人の褥(しとね)になった。女と体を合わせるのは初めてであ

る。

   男と女が何をするかは知っていた。竪穴の小屋に仕切りはない。尻砂で、父と

母が重なって動くのを見ている。だが幼かったので、何をしているかわからなかっ

た。ナタミに来てから、子ども同士の話で、意味が分った。集落周辺の森で、抱き

合う二人に会うこともある。ときには、下になった女が手の甲をひらひら動かし、

立ち去れちと合図する。見られても平気で営みを続ける二人もいた。

   十年前志波でヤマトを追い返した後、ヨシマロがときどき小屋で女を抱くように

なった。囲炉裏で燃える炎の明かりで、二人がしていることははっきり見える。眠

っているふりをしながら、踊る白い尻を盗み見たり、女の喘ぎを聞いたりして、下

腹を寝台に擦り付け、精を放つこともあった。それでも、誰かに言い寄ろうという

気にも、年上の女の誘いに乗る気にもならなかった。一度知れば、夢中になりそ

うだ。大きな戦の気配が濃くなっている。武技を磨き、真っ先に立って戦おうと思

い詰め、余計なことに気を逸らすなと、自分を戒めていた。

   パイカラと二人で過す時間は、気持ちが緩やかになる。楽しかった。それでも、

会津の坂下で失った妹のトクの、成長した姿と重なるところがあり、手荒なこと

を仕掛けるのは痛ましい気がした。だが、アテルイに「女を抱け」と言われたとき

から、オマロの気持ちが動き始めた。抱くならパイカラという思いが、日に日に強く

なる。そう意識すると、はたしてパイカラは自分を男として見ているのだろうかと、

不安になる。拒まれたときの辛さが怖くて、今日まで行動に出られなかった。

   オマロは知っている。もうパイカラは男と寝たことがある。そんなことはまったく

気にならない。嫌がる素振りを少しも見せず、自分を受け入れてくれたことが、た

だ嬉しかった。パイカラの中で爆()ぜた瞬間、オマロは自分がパイカラを抱いて

いることを忘れた。世の中の女すべてと交わっている、そんな気持ちだった。

   乱れた髪の毛を整えてから、オマロの汗ばんだ頬に手をやり、パイカラが言っ

た。

    「もっと早くこうなりたかった。アンタがワタシを子どもだと思っているのが、口惜

しかった。男の気持ちにさせられない自分が、情けなかった。だからアイツが誘っ

たとき、こんなワタシを、と思うと、拒めなかった。

   だけど抱かれたら、痛いだけでちっともうれしくならなかった。今日はもう、酒に

酔ったときみたいに、何が何だか分らなかったけど、体が溶けるみたいに気持ち

よかったよ」

    「パイカラ、オレもそうだ。アテルイに話して、いいと言ったら、お前、ナタミに来

てくれるか。オレの子を産んでくれるか。ヨシマロは近々所帯を持つそうだから、

隣に小さな小屋を建ててもらって、一緒に住もう」

    「ワタシはそうしたいけど、アンタはそんに若くて結婚していいの?他の女を抱

いたこともないでしょう。たいていの男は、何人かの女と寝て、もっと年がいってか

ら所帯を持つよ。ワタシは一緒になったら、他の女とは絶対やらせないから」

    「さっきお前の中に入っていたとき、オレは世の中の女ぜんぶに包まれている

と感じた。オレにとってお前は、女そのものだ。それなのにどうして、他の女と寝な

きゃならないんだ?」

   パイカラが「嬉しい!」と叫んで飛びつく。オマロは受け止め切れない。二人は

縺れ合って草叢に倒れこんだ。  (この章終わり)