シメがキョロキョロ
そらさん、四枚とも湖面に映る雲です。他の湖でも雲が映っているところは見ます
が、摩周湖はすり鉢の底のような地形で波がほとんど立たず、雲の形が崩れにくい
ようです。
シメは18センチほどで、スズメ大のカラ類より大きく感じられます。 近所の公園
で、木の枝に止まってキョロキョロあたりを見回していました。何年か前に、ウチの
庭でも見ています。北海道では留鳥で、けっこう数も多いようですが、わたしが気
づいたのは今回が二回目です。本州以南では冬鳥みたい。
小説 縄文の残光 46
アザマロ(続き)
まだ防壁も完成していない覚?城(かくべつじょう)を背に、守備兵が整列してい
る。アザマロは広純の首を、長い棹の先に刺して掲げさせた。未完の城は防備
の役に立たない。鎮兵の多くは、志波の戦いに出ていた。その者たちには、エミ
シ戦士の強さが骨身にしみていると、アザマロは知っている。そこへ、出羽・陸奥
の最高司令官として君臨してきた広純の、無惨な首である。守備兵の動揺は予
想通り。やがて水に崩れる砂のように、隊列が溶け始める。まず鎮兵が、続いて
軍団兵が、散り散りに後方へ逃げはじめた。
玉造の柵にも黒川の駅にも、進軍を妨げる兵の姿はない。多賀城には、将校
も兵も少ないはずだ。都に報告が届き、広純に代わる司令官が任命され、態勢
が再び整うまでに、どんなに早くても二、三ヶ月はかかるだろう。もう急ぐことはな
い。アザマロは進軍を急がせなかった。途中で次々に俘囚や柵戸の不満分子が
加わり、軍勢はますます膨れ上がる。
アザマロは入城後、多賀城の俘兵から聞いた。留守(りゅうしゅ)の守備兵は少
なかったが、近隣の柵戸の郷から、郡司・郷長・富民が率いる男たちが駆けつけ
た。だが大伴真綱は戦おうとしなかった。留守部隊の責任者、掾(じょう=国司三
席)の石川浄足(きよたり)と語らい、家人(けにん)に荷を運ばせ、後門から密かに
城を脱出した。指揮官を失った城兵と柵戸は、なす術もなく散ったのだという。
叛徒の大軍が目にしたのは、風にたなびく旗一つない、鎮まり返った城だった。
一筋の矢も受けない入城である。正倉と武器庫を開き、蓄えられていた穀類・宝
物と武器類を奪い尽くし、建物に火を放った。
伊沢城制圧から多賀城襲撃までが、アザマロの絶頂期だった。その後あると
き、アザマロは気付いた。自分が詰めている郡家を訪れる者の数が、だんだん
減っている。やがて、家族以外はほとんど人が来なくなった。
陸奥国府と山道攻略の拠点が陥落し、奥羽で朝廷の権威が地に堕ちた。ヤマ
トとエミシの境界線が南に後退し、俘囚が次々荒エミシに還っている。栗原以北で
は、各地の部族が連携して、ヤマトに対抗しようとする動きがある。かつての俘囚
村で、主戦派の声が高くなり、恭順を主導した族長の多くが地位を追われた。そ
の上自分は、志波と胆沢で集落を焼き、エミシを殺している。荒エミシの中で、ど
う思われているかは、想像できる。 (この章続く)