林床の春


イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

   二週間前の森の中です。雪はほぼ消え、木々に葉はなく、林床の草花がこの時と

ばかり、咲き急いでいました。青はエゾエンゴサク、黄色はフクジュソウ、白はアズマ

イチゲです。オオバナノエンレイソウはまだ蕾でした。今日あたりはもう開いているで

しょうか。

                                小説 縄文の残光 42

     

                   アザマロ(続き)

 

   ヤマト風の、麻呂という名を付けたのは、父だった。多賀城へ交易に行って

垣間見た、都風への憧れから、息子の名を選んだようだ。アザマロ自身にも、道

嶋嶋足の栄達に、心惹かれる気持ちがあった。だから、志波と胆沢で、果断に行

をした。

   だが自分は、生粋のエミシである。道嶋一族とちがって、もともとは都も知らな

いし、ヤマト人の風習にも疎い。郡司になり、伊沢城や多賀城で、役人たちと接す

るようになった。そこで出会ったのは、部族の仲間のような、気持ちの通い合う人

々ではなかった。城には、競争相手を貶め、蹴落とそうとする者たちの、生臭い

息吹が立ち込めている。

   しばらくいると、開けっぴろげな仲間と過ごす、安らかな集落の日々が、たまら

く懐かしくなる。自分には、あの者たちと競い合う執念も狡知もない。しょせんは、

不器用な田舎者にすぎないのかもしれないと、気持ちが落ち込む。そんな劣等感

を、大盾の言葉が鋭く刺した。思わず我を忘れ、怒りに身を任せそうになった。ぶ

ざまな自分を、広純は冷たく見据えていた。

   大楯に辱められた正月の末、長岡の郡家をエミシが襲った。この事件はアザマ

ロの気持ちをさらに波立たせた。長岡は黒川以北十郡の一つとして、古くから安

定した政府支配地に数えられてきた。そこでさえ、荒エミシを押さえ込めなくなっ

ている。政府の軍は志波討伐でも脆かった。

   ヤマトでは、国司らが重すぎる官稲出挙(稲作税)を課す風潮が広がり、前年に

はそれを禁じる布告が出されたという。百姓の困窮が進んでいるのだろう。坂東

では神火(じんか)が頻発していると聞こえてくる。エミシ討伐で増大する負担に

抗議し、人々が国府や郡家の正倉に火を付けているようだ。栗原へ入植した柵

戸の郷でも、役人や富戸が、班田制の緩みに附け込んで、私的に墾田を増やし

ている。磐石に見えた律令政府の支配が、揺らいでいるのかもしれない。 

   (この章続く)