摩周湖第三展望台から


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    摩周湖は、弟子屈側から第一展望台へは登ることができます。でも、その

先の川湯方面は除雪されません。第三展望台はこの部分にあります。同じく摩周

湖の崖上にあるのですが、見える景色は少し違います。昨日、通行止めが解除さ

れていたので、今年初めて第三展望台から撮りました。駐車場から釧路平野は見

えず、左の阿寒の山々から、右の藻琴山屈斜路湖・川湯までが、眼下に広がって

います。最後の二枚は、階段を上って展望台で。


                              小説 縄文の残光 38

    

                                         それぞれの路(続き)

 

   最近はときときどき、砂尻でのくらしが、悪夢だったような気がすることがある。

当時は気付いていなかったが、郷でも家でも、身分的な規範や目に見えない慣

習が、まるで蜘蛛の糸のように張り巡らされ、心を縛っていた。人目や評判を気

にして、生(なま)の欲望は胸の奥深くに封じ込めていた。

   体つきにちがいがあるように、欲望もさまざまだ。ここでは、それを飾らずに言

葉や行動に出す。相手も、裏読みはしない。応じられれば応じ、食ちがえば互い

に妥協点を探す。満たされる快も、満たされない哀しみも、分かりあえる。互いの

心が透けて見えるから、日々のくらしは単純で、気疲れすることがない。

   前の夫とはしかたなく結婚した。トクシには、初めから進んで体を開いたのだ。

トクシの欲望を受け容れるのは、自分の責任と思ってきた。だから応じられない

自分の体に、罪悪感があった。だがどうやら体は、自分が気付くことを恐れてい

たほんとうの気持に、忠実に反応しているようだ。もう気にすることはやめよう。ト

クシの隣で寝ようと努めなくていい。
 
    「おや、また来たのですか」

   入口に立ったシスカイレを見て、シマは声をかけた。

    「うん、アテルイが来るって言うんで、オレも一緒に」

    「アテルイはエアチウと話がしたくて来るのでしょう。あなたはどうして」

    「シマ、あんたの顔が見たいんだよ。あんたが胆沢に来て、オレといっしょにな

ってくれたら、どんなに嬉しいだろう。母親にもこの気持ちは話したんだ」

    「で?なんて言ってた」

   「お前が女とくらしたいって言ったのは、初めてだね。いいよ、連れておいで、っ

て」

    「そう、考えてみる。次に来たとき、返事をするよ」

   その夜シマは、トクシの寝床には行かなかった。セコナが去って空いた寝床に

横になり、静に自分に問いかけてみる。〈うん、どうやらわたしの体はシスカイレを

拒んでいない〉、それが結論だった。

   あのまま砂尻にいたら、こんなときシマは、〈自分がまだきれいだから気に入ら

れた、でもすぐに醜く老いる、そうなったら若い子に乗り換えられ、惨めな思いを

するにちがいない〉、などと思い悩み、逡巡しただろう。だが今は、そんな迷いは

ない。シスカイレが自分を求めている。そして自分は、心の底で喜んでいる。それ

だけで十分だった。

   翌朝まだ眠っているトクシを揺り起こし、シスカイレと一緒になるから別れる、と

告げた。トクシは何も言わずに、じっとシマの顔を見つめた。そして二日後、

    「エアチウに相談してみた。オレはツガルへ行くことに決めた。いっしょに行って

くれないか。お前とやり直したいんだ」

   「このところずっと、あんたが考え込んでいるのは気付いていたよ。いつもあん

たは、自分が決めるまで、まったく話さないよね。初めから相談してくれたら、気

持ちがどう動いたかはわからない。でも、もうだめ。もうあんたとはくらせない」

   (この章続く)