呼人の森のエンゴサク


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   網走湖呼人探鳥遊歩道の森に咲いていたエゾエンゴサクです。以前アップした能

取岬の花よりずっと大きく、葉も育っています。降り積もる落ち葉が肥料になってい

るのでしょうね。それに、岬と違って、木立が風を遮ってくれます。日陰が多く、雪融

けは遅いのですが、それでもエゾエンゴサクにとって森は、メリットの方が大きいよう

です。


                          小説 縄文の残光 33
 
                志波侵攻(続き)
 
   集落からもエミシが出て、動揺する東の部隊に突進した。挟み撃ちに遭い、包

囲が破れる。いくつもの塊になって、志波の男たちが川に向かった。走り始めれ

ば速い。追撃に移った本隊との間が開いていく。騎馬兵が追いつきそうになると、

エミシの騎馬隊が割って入る。数は少ないが身が軽い。馬の扱いは巧みである。

脚で馬を操り、兜の隙間を狙って騎射しては、すばやく駆け去る。

   そんな掛け合いを何度か繰り返している間に、包囲を脱したエミシが、次々川

岸に到着した。田に水を入れている時期なので、水深が浅いところもある。志波

人はその場所を熟知しているようだった。渡渉は速やかである。

   指揮官が総員に追撃を命じた。一万六千の兵である。最後尾の俘軍を率いて

いたアザマロは、ようやく集落に入り、物見台に上って川の両岸を見渡した。ヤマ

ト兵には初めての流域である。あちこちで深みに嵌って藻掻いたり、流されたりし

ている。それでも大軍だ。エミシの辿った跡を慎重に探りながら、追撃して行く兵

も少なくない。流れに翻弄されながら、よたよた進むヤマト軍を、東岸に集まった

エミシが、大声で罵りあざ笑う。

   アザマロには、軍を東の山に誘い込もうとしている志波人の意図が見えた。こ

こで引き鉦を打つべきだと思った。だが鼓の音が続いている。栗原の俘軍を渡岸

させず、西岸沿いに南下させた。船で下流に向かった敵を追うと、伝令を出しはし

たが、許可は待たなかった。後で命令違反を咎められる恐れがあるので、戦果を

見せなくてはならない。南の集落を襲った。そのとき男二人と女一人が、戦闘は

上流だと油断して、食糧を取りに集落に戻っていた。その三人を血祭りにあげ、

数個の家を焼き、穀倉に残っていた米と粟を奪った。

   後でアザマロが渡岸した兵に聞いたところでは、ようやく渡渉を終わった部隊が

まとまってくると、エミシは東の山に向かって走り始めた。姿が見えなくなるほどの

速さではない。追いつけそうだから、追撃が続行された。

   引き鉦が打たれたのは、追撃が始まってから一時(いっとき=2時間)ほど後だ

という。その音を聞いた兵はわずかだったようだ。アザマロに語った兵の耳に

も、届いていない。

   東岸は西岸ほど平坦地が広くない。川の少し東から始まる山林は、北上高地

の盟主・早池峰まで続いている。大小の峰々が連なり、谷筋は複雑である。奥に

進めば進むほど道は狭くなった。ちらちら見えるエミシの背をしゃにむに追った

が、騎兵は馬を進められず、歩兵の大楯は、はびこる枝や蔦に引っかかるよう

になった。やがてエミシの背が消え、木の上や薮の中から、矢が襲ってきた。

   その兵は幸い矢傷を負わなかった。だが、相手の位置を掴めない。応戦する

弓の狙いは定まらず、見当で放った矢は、空しく葉陰や薮に消えてゆく。すぐに矢

が尽きた。高い梢が風でざわめけば、樹から樹へエミシが飛び移っているのでは

ないかと、薮の奥を獣が走れば、エミシが回り込もうとしているのではないかと、

恐怖がつのる。一人二人と後退し、やがて我先に来た道を走り始めた。

    (この章続く)