森の残雪


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   青空を待ちきれず、昨日は曇天の森へ出かけました。網走湖呼人半島の探鳥遊

歩道には、ところどころ雪が残っています。ここで五月の雪は初めて。いつもなら順

を追って咲く花が、今年は同時です。フクジュソウエゾエンゴサク、ナニワズ、アズ

マイチゲ、ミズバショウ、それにエンレイソウの蕾まで。そのうちに、それらの写真も

アップします。

                           小説 縄文の残光 30
 
                 志波侵攻(続き)
 
   出羽の兵が、志波エミシの仕掛けに嵌(はま)ったのは、冷たい雨に濡れ、眠れ

ない夜を過ごした翌日だったのだ。だからあまり戦意が盛んではなかった。エア

チウはその日の戦いを思い返した。場所は、和賀から川沿いに北上し、東に折れ

た山道。高さ二百丈(600メートル)ほどの斜面に挟まれた隘路だった。兵が二列、

馬なら一列で進む道幅である。勾配が急な北斜面は、数年前に山肌が崩落した。

路面の土砂は取り除かれているが、斜面は岩陰に小さな草叢ができているだけ

で、大小の岩と赤土が露出していた。

   ガレ場の上は緩斜面になっている。そこに繁る草薮の陰に、丸太の山を隠して

おいた。束ねているのは、頑丈な杭につないだ太い蔓(つる)。鹿の鳴声に似せた

合図で蔓を切り、梃子で持ち上げ、丸太を滑り落とす計画だった。仕掛けを、戻

った密使が、雄勝の俘軍に参加する仲間に告げていた。

   先頭を行く雄勝の俘兵は、ガレ場の下を抜けたところで、綿布を裂くような音を

聞き、下に見えてきた河原目がけて、走り始めた。雄勝俘軍の全体がつられ、こ

の一団を追う。

   中央にいた軍団兵のなかには、ビィィィィッというかすかな音を聞いた者もいた

だろう。だが、鹿が鳴いていると思ったに違いない。しばらくして、山の上のほうで

響いた遠雷のような重い音は、隊の全員に聞こえたはずだ。立ち止まったとき、

雪崩落ちる丸太が次々に兵たちをなぎ倒した。道は、積み重なった何十本もの

丸太で、埋め尽くされた。

   直前の味方が丸太に直撃され、下敷きになるのを見て、後続の兵が慌てふた

めき、来た道を戻ろうとする。事情の分からない後軍が進もうとして、押し合いに

なる。「敵襲! 」の叫びが上がり、塞がれた場所から後の兵は、算を乱して後退し

た。倒れた兵の救出に当たった者と、落下地点を過ぎていた兵は、併せて千人

ほど。その千人に、南斜面の枯木の陰から、志波エミシが矢を射かけた。猪鹿

弓(さつゆみ)の弓勢 (ゆんぜい)は強い。しかも上から射ている。ヤマトの兵は、

射返す矢も届かず、次々に倒れていく。

   二日間にわたる山中の行軍と、濡れて眠れない一夜で疲れ切っていたところ

へ、襲いかかる丸太と矢の雨である。指揮官がどんなに剣を振り回しても、弓を

構えようとさえしない。丸太の山に必死でよじ登り、ガレ場を這い、和賀に逃げ戻

ろうとする。志波の男たちは、引き返さず東に下ろうとする者には、容赦なく矢を

浴びせた。やがて敵の全軍が和賀に向かって退いたのを確かめ、志波に凱旋し

たのだった。

   雄勝の俘軍には手を出さなかった。密使が軍の進路と発進の日を報せてくれ

た。そのお蔭で、無傷で出羽軍を退けることができたのである。

   その後のことも、従軍した雄勝の俘兵が、エアチウに話してくれた。俘軍は、軍

勢の最後に、何食わぬ顔で和賀に戻った。初遭遇での予期せぬ敗北である。大

混乱の軍に、雄勝エミシの行動を疑う者はいなかった。丸太による死傷者が百

余。矢を受けて動けなくなった兵は、その二倍である。軍勢の総数からすれば、

さほど大きな損害ではない。だが兵はすっかり戦意を失っていた。もう一度軍を

て直すため、全軍が雄勝城へ退くことになった。(この章続く)