谷地坊主


   そらさん、昨日昼、車の中ではクーラーをつけ、夜中は目覚めて、暖房のスイッチ

入れました。

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   釧路湿原恩根内遊歩道で撮った谷地坊主です。寒冷地の湿原に出現する、隆

した枯れスゲ類の根元部分が、坊主頭に似た形なのでヤチボウズと呼ばれて

います。低温で腐らないまま、冬の凍結で持ち上がり、春の雪解け水で周りの土を

削られ、こんな形になるみたいです。写真は10日ほど前のもの。そろそろ頭のてっ

ぺんから、新芽が伸びはじめているかな。夏には盛んな緑に埋もれ、目立たなくな

ります。


                          小説 縄文の残光 26
 
                       シ マ(続き)

   思えば川辺の二人も、シマの容貌をとやかく言うのではなく、美人という評判の

ことを話していた。トクシがシマを抱かない理由がわからないと、不思議がってい

た。自分がエミシ言葉を話さないのだから、とっつき悪く思われるのは当然だ。美

人だから特別だと思っている、というところはどうだろう。自分では、鼻にかけてい

るつもりはなかった。だけど、いろんな男が袖を引くのを、あたりまえに思ってい

た。誰にも言い寄られない女に、同情はしなかったような気がする。

   ヤマトの男は、地位や富があれば、抱く女に不自由はしない。自分より貧しい

相手を探せば、美しい女も手に入る。男は評判の女を手中にすると、稀少な品物

を得たような満足があるのかもしれない。

   女は、美しいと噂になれば、格上の男と結ばれる機会もある。女にとって美貌

は、自分を高く売る材料になる。男の地位や富に少し似ている。母はそれで生活

の支えを得られた。自分も、望まなかったけれど、郷長の甥に求婚された。高価

な品だとなれば、買うことができない男もあこがれる。気づかなかったけれどやは

り、自分が高値に見られることに、いい気持ちになっていたのかもしれない。片言

を恥じてエミシ言葉をしゃべらなかったのも、自分を安く見られたくなかったからだ

ろうか。

   ここでは、地位や富に差がないから、美貌が高値で流通したりはしない。容姿

は相手との相性の一つでしかない。好みが一致するかしないかというだけ。

   自分を装ったり自慢したりすると嫌われる。狩の獲物の肉は、集落のみんなに

分けられる。狩に行かない老人、子ども、女も、それをあたりまえに思っている。

獲物を仕留めた狩人が、自慢することも、感謝されることもない。毛皮は個人が

交易するが、代りに手に入れた鉄の農具は、誰もが勝手に使う。畑の作物は家

々で消費されるが、空腹な者には誰かが食べ物を分ける。個人には成功も失敗

もある。成果を分け合うことで、失敗しても生きられる。だから富が力にならな

い。地位の違いが生まれないように、人々は暗黙のうちに互いに抑制しあってい

るようだ。ぶざまなところも欠陥も、隠そうとせずにさらけ出す。誰にでもそういうと

ころがあるのがあたりまえだと、認め合っている。こんな社会の男は、富や地位で

女をなびかせることはできない。

 
   そんなことを考えたときから、シマはエミシ言葉がだいたいわかるのを、隠さなく

なった。そしておぼつかない話し方でも、少しずつおしゃべりに加わった。そうなれ

ば言葉の上達は速い。夫や子どもたちとの会話でも、だんだんヤマト言葉が少なく

なっていった。 (この章終わり)