春の鶴


   そらさん、昨日で庭の隅に残っていた最後の雪も消えました。ここ一週間、昼は暑

いくらいで、25度を超える日も。だけど、今朝も零下まで冷えたみたい。一日の変動

は大きいです。

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   タンチョウの恋の季節は終わったようです。春の温かい陽射しを浴びて、三羽での

んびりと。トレードマークの丹頂(頭の赤)が目立ちません。きっと若鳥です。体も、近く

にいたオオハクチョウに近い大きさでした。これから伸びるのでしょうか。


                        小説 縄文の残光 25
 
                 シ マ (続き)

   数日後、シマはゆるい傾斜になった粟(あわ)畑で、雑草を抜いていた。周りは

森である。まばらな喬木の間を、灌木と蔓草の藪が埋めている。だが、畑と薮の

間は刈り払われ、よく陽が当たる。ワラビがたくさん出てくる。今もそれを、女たち

が摘みながら、おしゃべりに興じている。

   「あんた見たかい。先日、オロンペが家の前に座って、亭主に膝枕させていた

んだ」

   「見たよ。わたしは亭主に、狩に行かないのかと、声をかけたんだよ。そしたら

ニヤニヤ笑いながら言ったよ。オロンペが行かせてくれないんだ、って。亭主が

頭を上げたら、オロンペが髪の毛を引っ張って膝に戻し、手に持っていた短い枝

で、亭主の腹やら足やらぴしゃぴしゃ叩くんだよ」

   また陰口か、とシマは思った。そのとき、

   「そう、あの前の日、うちのヤツがメライケと寝たんだ、」という声が聞こえてきた。

陰口ではい。当人がいたのだった。

   「それであんた亭主を許したのかい」

   「まあ、逆らわずにおとなしく叩かれていたからね」

   「そうかい。もともとあんたらは仲良しだもの」

   聞きながらシマは思った。川岸で二人の女が自分たち夫婦のことを話していた

のも、陰口じゃなかったのかもしれない。自分が二人の前に出て行ったら、そして

話の中身はだいたいわかるって言ったら、どうなったんだろう。

   尻砂でも郷人に隠し事は難しかった。それでもみんな家の事情は、人に知られ

ないように気をつける。他の夫婦の閨事(ねやごと)は、少なくとも本人の前では、

(つつし)んで、話題にしない。そして陰で、噂話の種になる。ここでは誰も隠し事

はしないみたいだ。当人がいてもいなくても、同じ話をするのかもしれない。

   それにしても、女たちは亭主に浮気されたオロンペに、同情する素振りはな

い。まるで、昨日は風が強くて洗濯物が飛ばされた、みたいな、ありふれたことと

して話をしている。女や男が抱いたり抱かれたがったりするのも、嫉妬したり、相

手を取り合ったりするのも、あたりまえのことだと思っているようだ。そういえば、

ここに来てから、他人の行動を謗(そし) る言葉は、耳にしていない。

   それに尻砂の男なら、自分に咎があっても、人前で女房が叩くのに任せて、ニ

ヤニヤしたりはしない。ここの人々は集落のなかで諍(いさか)いになって、暴力沙

が起きることを一番嫌う。痛くないはずないのに、亭主が笑顔を作っていたの

は、諍いにするつもりはないと、みんなに知ってもらおうとしたのだろうか。事実や

持ちを隠さず話す。暴力沙汰にならなければ、当人同士がどうするかに他人は

干渉しないということのようだ。

   人々は物語りが好きだ。一人が語り、他の者が聞くのではない。掛け合いで、

即興をまじえた、語り合いになる。人気のある即興は語り継がれる。人々が何を

嫌い何を良しとするかを、昔からの伝承や、実際にあったかどうかわからない出

来事の語り合いを通して、お互いに繰り返し確認し合っているようだ。集落の価

値観が、個人の心の奥に染み込んでいる。それを侵せば、誰かに非難される前

に、自分で分かる。取り返しがつかないときは、黙って集落を立ち去る。だから、

集落内で誰かを罰するようなことは、めったに起きないのだろう。 (この章続く)