湖に湧く泡の彩り


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   一週間前の日曜日、朝早く屈斜路湖の和琴半島へ行ったら、車がたくさん集まっ

ていました。釧路、札幌、本州ナンバーもあります。みんなカメラで湖面を狙ってい

て、なかには防水のつなぎを着て水に入っている人も。魚でも撮ろうとしているのか

と思ったのですが、様子が違います。
 
  会話を漏れ聞くと、解氷期に湧く温水の泡が、日の出から間もない低い陽の光

で、微妙な彩を見せるということのようです。ただし、肉眼ではその色が見えず、偏

光レンズで撮るらしいことがわかりました。誰かが何かに発表した写真が呼び水に

なって、集まって来たのかな。わたしも真似をして撮ったのが、上の写真です。


                            小説 縄文の残光 23

 
                 シ マ(続き)

   シマは、夫や子どもたちがナタミのくらしに馴染んでいくのを見て、気持ちが焦っ

ている。子どもは言葉を覚えるのが速い。オマロは仲間とつるんでふざけたり遊

んだりしているうちに、エミシ言葉が達者になっていた。ヨシマロはエアチウにくっ

ついて山に入り、狩を覚えるのに夢中。セコナは、フレトイにかわいがられ、向こ

うの家に入り浸り。兄妹はそれぞれ若者仲間に加わり、だんだん言葉を覚えてき

ている。

   トクシは、狩に行く男たちについていっても、足手まといになるだけだと悟ったよ

うだ。下野では山に入ることもあったが、エミシの脚力にはとうてい及ばない。これ

から鍛えるには歳をとり過ぎている。そこで女たちや年寄りに混じって、稲を育て

る仕事に精を出すようになっていた。田んぼや潅がいのことなら、集落の人々に

負けないと、自負している。

   トクシが話してくれたことがある。あるとき、田に水を引く水路に、土砂が崩れて

すぐに塞がる場所を見つけた。そこで、自分は石組みの技術があるから、水路の

側面に石を組んで崩れないようにしようと提案した。だが誰もがまるで聞こえなか

ったみたいに、別なことを話し出す。そこで、以前見た場面を思い出した。熊を仕

留めた男が、集落に戻ってこう言ったのである。

    「山で大きな熊を見たんだ。矢を射かけたけど、当たったのかなー。行ってみ

たら、血の跡はあったんだが」

   聞いた相手は

    「それはお前、仕留めたんだよ。みんなで行って運ばなくちゃ」と答える。

何度かそんなことがあって気がついた。人々は自慢されたり命令されたりするの

が嫌いなんだ。それで、水路改善を言うのをやめ、一人で石を組み始めた。する

と、近くで田仕事をしていた女たちが集まって来て、覗き込み、しばらくするとおし

ゃべりしながら立ち去った。やがて大勢の男や女ががやがややって来て、トクシ

の真似をして作業を始めた。やり方がわからないと手を止め、黙ってトクシの顔

を見る。トクシは何も言わず、そこへ行って作業を替る。要領がわかると、村人は

また自分でやり始める。そんなことを繰り返し、その日のうちに改修が完成した。

そういう話だった。

   トクシは女たちに好かれるようになっている。集落の男たちは、狩りや漁なら夢

中になるのに、田仕事は嫌がる。ところがトクシは、進んで稲作りに加わり、いろ

いろ知恵を出し、力仕事を援ける。

   トクシは伊冶城にいたとき、ノッキリや他の俘囚からいくらかエミシ言葉を学ん

でいる。それにここの田仕事は、しゃべったり笑ったりの合間に進められる。だか

ら言葉の上達も速かった。

    一番遅いのがシマ自身である。それでも田や畑には出る。女たちは籠を編んだ

 り衣類を繕ったりするときは、明るい戸外に集まって噂話に興じる。毎日おしゃべ

 りを聞いているので、少しずつわかる言葉が増えている。話はできなくても、聞こえ

 会話のおぼろげな意味はわかるようになっている。だが片言でしゃべるのは恥ず

 かしい気がして、今までヤマト言葉のわかる相手としか話をしていない。集落の人

 々は、自分たちが何を話しているか、シマにはまったくわからないのだと思ってい

 る。  (この章続く)