網走湖の夜明け


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   二週間ほど前、網走湖西岸高台の道道で見た夜明けです。

   湖も対岸の丘も、まだ大量の氷雪に覆われていました。ほぼ半月後のここ数日

は、昼の室温が30度に迫るところまで急上昇。美幌川河川敷では、パークゴルフ

に興じる人たちの歓声が響いています。冬から夏へ突然変わったような。


                             小説 縄文の残光 21

 

                       シ マ(続き)

 
   兄のフケイとトクシ、トリは、幼いときからつるんで遊んでいた。トリの家は古い

名家で、新興勢力の郷長に反感をもつ人々の輿望が集まっていた。義父になっ

た郷長の悪い噂は、自然にフケイの耳にも入る。フケイは義父に反感をもってい

たが、母がくらしの費えのために我慢していると思っていたので、表立っては逆ら

わないように努めていたようだ。

   シマは、成人(女は十三歳、男は十五歳)前から、母に似て美しいと評判だった。

十三になり、収穫を祝う祭りで気持ちが高ぶっていた夜、トクシに手を取られ、林

に誘われた。その手を振り払わなかった。それまでも気を引こうとする男は少なく

なかったが、すげなく突き放してきた。だが気づかないまま、兄の親しい友に、好

意のようなものを感じていたのだろう。誘われて自然に体が動いた。

   林のここそこで、重なり合う男女の黒い塊がうごめき、喘ぎや呻きが漏れてい

た。二人は人のいない木の下を探し、下草の上に倒れ込んだ。若い男の行為は

直裁である。シマはそれがいやではなかった。男に素直な欲望をぶつけられて受

け止められる、女の体をもつ自分が嬉しかった。

  ある夜トクシがフケイの手引きで、シマの寝台に忍び寄ったところを、たまたま遅

くなって訪れた義父に見つかってしまった。郷長は激怒し、大騒ぎになり、噂が広

がった。郷長は、シマを妾として都下りの貴人に差し出す目論みを、あきらめる

しかなかった。そんなとき郷長の甥が、シマを欲しいと言い出した。甥は成人の

祝いを済ませたばかりである。

   フケイはシマをトクシと結婚させたいと言ったが、母は郷長を憚(はばか)って、

許さなかった。律令の戸令には、婚外性関係を禁じる規定がある。それでも郷の

祭り・歌垣など、大目に見られる場や、有夫の女にも夜這いをかける習慣はあっ

た。百姓や奴婢どうしのことで、誰も騒ぎ立てなければ問題にならない。だが貴族

や富戸の男は、自分は妻以外の女と懇ろになっても、妻は寝取られないように厳

しく見張り、娘は婚主として性関係を管理しようとした。だから、国庁や郡家につ

ながりをもつ郷長が、自分はシマの婚主だと主張して訴え出れば、二人にどんな

災難が降りかかるかもしれない。シマはトクシの身が心配だった。母は、娘に自分

の二の舞をさせたくない。正式に媒を立て、甥とシマを結婚させるようにと、郷長を

掻き口説いた。

   郷長は甥に立身を期待していた。だから百姓ではなく、由緒ある姓の家と姻戚

にして、引き立ててもらうつもりだった。しかし甥は、土木・農事や文字、それに漢

詩を作り和歌を詠む術(すべ)を学ばされる日々に、うんざりしていた。幼くから豊

な家で育った。異国に渡って営々と田を拓き、地位を勝ち取ろうとした祖先の気

概は、若者の心にはもうない。この美しい娘を何としても手に入れたい。それに、

ひたすら研鑽を強いる大人たちに、言いなりにはならないところを見せたい。それ

で、どうしてもシマと結婚すると言い張った。  (この章続く)