渡りの前に大集合


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   カモ科の鳥たちが、しきりに北へ渡る準備をしています。網走川下流につながる網

走湖の一帯は解氷が進み、おびただしい数の水鳥が集まっています。他にもいます

が、白黒二色に寝癖のような頭の羽の、キンクロハジロが中心みたい。空の一隊

はキンクロではないでしょう。この一枚は濤沸湖で。


                      小説 縄文の残光 18
 
                  シ マ (続き)
 
   疲れが溜まっていた上に満腹になり、獣や追っ手の心配もなくなって、子どもた

ちはすぐに寝入った。炉に火を入れなかったので、暗闇は深い。それでもシマは

すぐには寝付けなかった。林に入っていった男女は、もうそれぞれの小屋に戻っ

たのだろうか。自分にも覚えがある。初めてのときが思い出されて、体の奥に疼

く気配があった。尻砂を出てから、トクシに抱かれていない。

   そんな気持ちが夫に伝わったのか、隣からトクシの手が胸に伸びてきた。その

とたん、触れられた乳首から悪寒のような震えが体中に広がり、シマは思わず叫

んでいた。「ダメ!触らないで!」震えの底から、閉じた目の裏になにやら浮かんでく

る。赤い。血の色だ。赤がトクシの手にする斧から滴り落ち、地面を黒く染めてい

く。

   その日から、シマは二度と夫を受け容れられなくなった。なぜと問われても答え

られない。あれだけ熱が出て弱っていては、どのみちトクは生きられなかった。そ

れで残った家族は無事だったのだ。いくら自分にそう言い聞かせても、トクシに触

れられると、シマの体は強張る。三晩試みた後、トクシも背を向ける妻の体を振

り向かせようとしなくなった。

   トクのことを考えると眠れなくなる。そんな夜、母や自分が歩んできた道を、とり

めもなく考え、眠りの訪れを待つのがシマの習慣になった。
 

   父が世を去ったとき、自分は七歳、兄のフケイは九歳。春先の潅がい水路整

備で起きた事故が原因だった。掘り出した一抱えもある石をもっこ(縄を編んだ網)

に容れ、吊り縄に通した棒を相方と二人で担いでいた。その縄が切れ、後棒だっ

た父が、落下した石に足の甲を砕かれた。傷から何か悪いものが体に入ったらし

く、高熱が続き、三日後にあっけなく世を去った。そのときシマの母は二十五歳。

郷で評判の美貌はまだ衰えていなかった。

   それまで、父母、自分とフケイ、それに老いた祖母が母屋でくらし、祖母の弟(

マの大叔父)一家が隣の小屋に住んでいた。正丁は三人。父、大叔父、その息子

である。標準は一戸に正丁五人だから、小さな戸だった。令(行政法民法)は家

父長制を採用している。実際、貴族や渡来系の一族などは、男の家長が一家の

主だ。だが東国の鄙(ひな)では妻訪婚の名残もある。シマの家では、戸籍上の戸

主は大叔父だったが、家財は祖母から母に引き継がれている。父は結婚当初は

母の家に通い、後に同居した。同居後も実家からは、折につけ食物や布などが届

けられた。  (この章続く)