残雪の森


   そらさん、そちらは新緑の季節が始まっているのでしょうか。わたしはまだ春二番

手の花、エゾエンゴサクも見ていません。家々の庭にクロッカスは咲いていますが。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

  先週の せせらぎ公園です。汚れていない残雪と緑濃い笹の対称が鮮やかです。

地面が開いてから一週間ほどで、福寿草が咲き、エゾエンゴサクが一本、二本と

姿を現すでしょう。今週末あたり行ってみます。


                        小説 縄文の残光 17

 

                   シ マ
 
   満腹した老人や眠くなった子どもが小屋に引き揚げるころ、シマは気づいた。

手を取り合って、林の暗がりへ消えていく男女がいる。一組は互いに若かった。

う一組は少年のような体つきの男と、自分と同じくらいに見える女。焚き火を挟

んでシマの反対側で騒いでいた、髪が白い男も、別な焚き火の輪から、大人にな

ったばかりに見える若い女を連れ出した。

   中年の女や白髪の男には、それぞれ夫や妻がいるのではなかろうか。夫婦な

ら自分の小屋に行けばいいのだから、三組ともちがう相手なのだろう。だが、シ

マ以外にも気づいた者がいるはずなのに、だれ一人騒がず、諍いもおきなかっ

た。

   ナタミ集落で一年半ほど過ごしてからのことだが、シマはふと思ったことがある。

ここの男は集落で肉親以外のすべての女と、女は肉親以外のすべての男と、一

度は寝たことがあるのではなかろうか、と。結婚していても、だ。だがそのときかぎ

りの性交と結婚は別だった。夫婦は互いの老親を援け、子どもを育てなくてはなら

ない。

   離婚もある。媾合相手への愛着が強くなって、妻() を捨て、新しく結婚する

者もいた。捨てた相手と悶着になることもある。深刻な傷を負わせる諍いになりそ

うなら、誰かが止めに入る。そうでなければ、解決は当事者に任される。しばらく

山に入り、仮小屋を作って住んだ二人もいる。ほとぼりが冷めたころに戻って、同

じ小屋でくらしはじめた。いっしょにくらしていれば、周りは夫婦と認める。捨てら

れたほうも、そのうちに別な相手を見つけて再婚した。

   再婚した男は妻の連れ子を自分の子として育て、子どももその男を父と呼ぶ。

部落の大人は自分の子でなくても、子どもをかわいがる。狩りで獲た肉はいつも

みんなに分けられる。獲物がないときでも、腹を空かせた子がいれば、誰かが何

かを食べさせる。それでもやはり、生活を共にする時間の長い親子の間には、強

い絆が育つ。実の親が別にいるとわかっていても、子どもには養父が父なのであ

る。ナタミ集落には、相続でもめるほどの財を残す者はいない。誰も家を継ぐなど

と考えない。気持ちのつながりがことを決める。

   だが、実母を失った乳児は悲惨な結果が待っている。たかだか八十人ほどの

集落では、そのとき他に授乳できる女はめったにいない。仮にいても、いつでも

食が満たされているわけではないから、たいてい母乳は余らない。乳が乏しけれ

ば母親は自分の子を優先する。父のない子は育つが、母のない乳児は、よほど

の幸運が重ならなければ生きられない。

   腹が膨れ、山ブドウの酒も尽きた。焚き火に土がかけられ、人々は小屋に戻っ

ていく。シマも夫や子どもたちといっしょに、与えられた新しい住処(すみか)に引き

揚げた。地面を掘り下げて隅に柱を立て、踏み固めた土間の真ん中に炉を切っ

てある。作りは尻砂の家と同じだった。壁際の三方に、三尺(90センチ)幅ほど

の木の台がしつらえられている。これが寝床。カマドの材料や位置、入り口の方

位など、なじみのないところもあるが、戸惑うほどの違いではない。(この章続く)