釧路湿原に春はまだ


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   昨日の釧路湿原です。美幌の田園はまだほとんど白ですが、峠を越え、弟子屈

過ぎ、鶴居村に入ると雪はなくなります。それでも冷たい風が渡る湿原は、ところど

ころ雪が残り、枯れたガマやアシの褐色が広がっていました。緑が萌えるのは五

月、可憐な高山植物の花が何種類も咲き揃うのは六月からです。


                       小説 縄文の残光 16

   
                                             逃 散(続き)
 
   トクシ一家は、三つの川が合流する少し手前で北上川から別れ、ユノ川沿いの

道を東に四里ほど登ってきた。そこでナタミ川がユノ川に注いでいた。北上高地

最高峰、早池峰山から北西に流れ下った川である。ナタミ川沿いに道を取り、さ

らに一里半ほど行ったところで、幅半里(2キロ)ほどの段丘が現れた。二十数軒

の小屋がある。そこがエアチウの一族がくらすナタミ集落だった。エアチウが集

落の西の入り口にある小屋を指差した。

    「この小屋は今だれもいない。住んでいた男は狩りの事故で死に、妻と子は親

たちの集落に帰った。オレはお前たちがここでくらせるように、みんなと談合する。

戻るまで中で休んでいてくれ」
 
   陽が西の稜線に近づくころ、何枚かの熊や鹿の毛皮をかついで、エアチウとが

っしりした体つきの若者が小屋に入って来た。その後に、シマより一回り年配に

見える女が、丸めた筵(むしろ)を抱えて続いた。入り口では、何人もの大人や子

どもが、筵をめくって中を覗き込でいる。

   女が言った。

    「わたしはエアチウの妹で、ノッキリの妻です。名はフレトイ、これはイズナ、息

子です。夫が死ぬ前に、伊冶(これはり)で怪我をして、下野のトクシという人に助

けられたと話してくれました。あなたがそのトクシですね。ありがとうございました。

ノッキリが生きていたら、あなた方に会えて大喜びしたでしょう。集落の人たちも歓

迎するって言っています。この小屋は今日からあなた方のものです。明日みんな

で破れたところを繕います。今夜は月が明るいので、雨にはならないでしょう。筵

を敷いて毛皮にもぐりこめば、隙間風も気になりませんよ。

   長い山旅で、さぞお疲れでしょうね。お腹も空いているのではないですか。明日

からは皆さんも集落の仲間ですが、今日は客です。米やお酒は少ししかないけれ

ど、男たちが獣と魚を獲りに行っています。この先の広場で、焚き火の用意をし

て待ちましょう。ここの川で獲れる鱒(ます)はおいしいですよ」

   あたりが暗くなり、広場の数箇所で焚き火の炎が赤く輝くころ、山と川から男た

ちが帰り、宴が始まった。年寄りや子どもたちも加わり、総勢八十人ほどである。

米の酒は交易で得たのだろうか。川近くに水田もあったが、一年を通してこの人

数を養うほどの収穫はなさそうだ。秋の刈り入れを祝うときには集落で酒を醸しは

しても、ふだんは籾(もみ)を大切に蓄え、山川の獲物が少ないときに備えるのだろ

う。

   少ない酒を分け合い、秋に醸したヤマブドウの酒を回し、焼いた鹿肉や魚を貪

(むさぼ)って、人々は陽気に騒いだ。  (この章終わり)