早春の釧路平野
で、視界を遮る山はありません。写真上部の、空が始まる境は海だと思いますが、
確かめるには倍率が低すぎます。
写っている人影は、スノーシュウを着け、摩周岳の方向へ外輪山を歩こうとしてい
ます。装備からして、登山ではなく散歩でしょう。風は冷たかったけれど、よく晴れて
雪は締り、快適に歩けそうでした。
小説 縄文の残光 10
逃 散(続き)
トリが談合の口火を切った。
「我の家は尻砂を離れ、陸奥に行くことに決めた。だが我らだけ先に抜けると、
郷長や郡家が警戒して、後に続く者に迷惑をかける。だから郷を出る者みんなで、
日にちを決め、いっしょに発ちたいと思い、口の堅いこの十一人に触れを回した」
男たちが口々に声を上げる。
「ならなんでそこにフケイがいるんだ!」
「フケイの義父(ちち)は郷長じゃないか」
「あの郷長一族がのさばっていなけりゃ、我らが尻砂から退(の)くこともないん
だ」
「口分田を分けるとき、奴らはいい田を身内で独り占めしたじゃないか」
「租も公出挙註もどんどん率を上げてくる。我らから余分に搾り取って、国庁の
役人の賂(まいない)にしてるんだ」
註:公出挙は税の一種。強制的に種籾を貸付け、利子とし、貸付けた量より多い稲を納めさせる。
「フケイの口から郷長に漏れ、我らは郡の役人に捕まる。奴婢にされて遠国に
売られちまうぞ!」
「確かに我の母は、父が死んだ後で郷長の通い所(自宅で訪れを待つ愛人)に
なった。だけど我は奴を父親だと思ったことはない。あんな母でも母は母だから、
見捨ててみんなと行くわけにはいかない。だが、今日の話を母に漏らしたりはし
ない。我は妹のシマを説いて、トクシといっしょに陸奥へ行かせるつもりだ。それ
で談合の決めごとを知っておきたくて、ここに来たんだ。郷長は姪のセコナを国
司に差し出すと言う。そんなことを許すわけにはいかない。決まった妻のいない
我には、シマが一番だいじな女だ。その妹を婢として売らせるようなことを、我
がするはずないじゃないか」
トリが話を引き継ぐ。
「フケイは信用できる。トクシもそれは知っているよな。シマが郷を離れるのを
嫌がったら、兄のフケイから話してもらうおうと思って、ここに呼んだんだ」
「ああ、そうだ。フケイは我が通う家で、我の子をとてもかわいがってくれている。
シマの母親は郷長の言いなりだけど、フケイは母の縁で出世しようとするような
男じゃない。役人がとことん嫌いなんだ。フケイはだいじょうぶだよ。みんな、ど
うか信じてやってくれ」
ようやく男たちが納得し、逃散手順の話し合いになった。決行するのは、春に
なって山道の雪が消えたころ。出発三日前にトリが触れを回す。それまでに用意
しておく荷物のあれこれ。郷を離れたら、追っ手を分散させるため、それぞれの
家がてんでに行き先や道順を選ぶ。そんなことが確認され、その日の談合が終
わった。翌年春、前年の取り決め通り、尻砂郷の住民二百人あまりが一斉に、
だが方向はばらばらに逃散した。(この章続く)